人喰いの大鷲トリコ
スタッフ特別座談会 第二回
上田文人×田中政伸
(聞き手)丹治まさみ
人喰いの大鷲トリコ
スタッフ特別座談会 第二回
上田文人×田中政伸
(聞き手)丹治まさみ
タイトル
人喰いの大鷲トリコ Best Hits
発売日
2017年12月14日(好評発売中)
ジャンル
アクションアドベンチャー
対応フォーマット
PlayStation®4
PS4®Pro ENHANCED
4Kテレビ接続時は4K解像度に適した高精細な画質でプレイできます
価格
パッケージ版 3,900円+税
ダウンロード版 3,900円+税
CERO
B(12才以上対象)
発売:(株)ソニー・インタラクティブエンタテインメント
開発:(株)ソニー・インタラクティブエンタテインメント World Wide Studios JAPAN Studio
人喰いの大鷲トリコ スタッフ特別座談会、第二回目となる今回からは、SNSを通じて寄せられた疑問・質問に答えていきたいと思います。
とはいうものの、想定していたよりもずっと多くのご応募をいただきまして、
出来る限り答えようとは思うのですが、すべての質問に答える事が出来ません。申し訳ありませんが、ご了承ください。その上で楽しんでいただけると幸いです。
(太字:丹治まさみ)
『プロジェクション・トリコ』の話も終わったところで、そろそろ皆さんから寄せられた質問に答えていきましょうか。
発売からずいぶん時間も経ってますし、もうクリアした方も多いかと思うので、もうネタバレ上等でいきましょう!
まだクリアされていないという方は、是非最後までプレイしたのち、改めて御覧ください!
―もういちど改めて、ということになりますが、文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 大賞受賞、おめでとうございます! すごいですよね。ちなみに去年は「シン・ゴジラ」が受賞してました。アニメーション部門は「君の名は。」で。
田中 いずれも話題になった作品ですよね。大賞受賞したと聞いた時は驚きました。
―発売から少し間が空いての受賞となったわけですが、その間も『人喰いの大鷲トリコ』は色々なところで話題になってましたよね。雑誌や、SNS、ラジオなど、様々なメディアで、各界の著名な方々に話題にしていただきました。
―で、文化庁メディア芸術祭、エンターテインメント部門の大賞受賞を記念して、以前SNSで寄せられた『人喰いの大鷲トリコ』に関する質問に答えていこうじゃないかと。
田中 質問ってたくさん来てます?
-はい、けっこう集まりましたよ。で、質問にざっと目を通した感じですが、思ったよりも設定やストーリーに関する質問が多いなぁ、と思いました。
上田 というのは?
―スタッフからすると、どちらかというと技術的なことを話したくなるじゃないですか。あそこのモデリングは苦労したとか、そういうあたりに。でも、質問を見ていると、意外とそういう部分よりも、キャラクターの細かい部分とか、ドラマの部分に興味があるんだなーと感じたんです。
田中 世界設定に含みが多いですし、ゲームのなかで全て語られているわけではないですからね。たとえばどんな質問がきてますか?
―多かったのは、『人喰いの大鷲トリコ』の少年の名前であるとか、大鷲の性別であるとか、そういう感じですね。
田中 あぁ、なるほど。
―やっぱりそういった設定の部分は明言されてない分、気になるんですかね。
というわけで、それではそろそろ質問に入らせてもらいます。
ええと、これを最初の質問として僕も聞いておきたいんですけど、『人喰いの大鷲トリコ』っていうタイトルについてです。このタイトルって、すごく印象的というか、あまりゲームっぽくないですよね。
上田
あー、そうだね。かなり初期に決めたから、慣れちゃっててあまり思い返したりしてなかった。
たしか、急遽E3で発表しないといけなくなって、それに合わせて早急にタイトルを決める必要があったんだよね。
―最初から決めてたわけではなかったんですね。とはいえ、一作目”ICO”、二作目”NICO”、ときてからの三作目”TRICO”ではあるんですよね?
上田 そうだね、そこはお約束として最初から決めてた。
※NICO:『ワンダと巨像』の初期タイトル。
―急遽決めたとはいえ、完成度の高いタイトルになってますよね。何かタイトルでイメージした事とかってありました?
上田
ネーミングのイメージとして一番最初にあったのは“児童文学“かな。
僕らが子供のころ読んでた児童文学って、普段自分たちがあまり使わない不穏な言葉だったり、無邪気な残酷さみたいな印象があったりして、そういうテイストを取り入れたかった。
田中 確かあの時はまだシナリオも確定していなかったんじゃなかったでしたっけ。食べるの!? っと驚いたのを記憶しています。と同時に作り手ながらどういうストーリーになるんだろうとワクワクしましたね。
―そういえば『ワンダと巨像』っていうタイトルも児童文学っぽいイメージありますよね。
端的なんだけど、タイトルから内容を読み取れない分、不穏さみたいなものもあったりして。
上田
それと、文学的だけでなくキャッチーさも兼ね備えたタイトルにしたくて。
“人喰い“みたいな不穏で残酷な言葉と、ぱっと目に入る文字の組み合わせで印象的になればいいな、と。
たとえば「銀河鉄道の夜」というよりかは、「銀河鉄道999(スリーナイン)」みたいな。
「人喰いの大鷲」だけでも良いんだけど、それだと「銀河鉄道の夜」みたいな文学色が強く出てしまう。
そこにわかりやすさやワクワク感も欲しいとなると、繋がりはわからないけど印象深い言葉を足したい。
「銀河鉄道」+「999(スリーナイン)」みたいな感じで。
誰でもわかる言葉と、聞いたことはあるけどはっきりとは意味が解らない言葉の組み合わせ。
―あー、「銀河鉄道999(スリーナイン)」。確かにキャッチーです。そういった考え方は、らしいですね。『人喰いの大鷲トリコ』も、キャッチ―なだけでなく、実際にゲームをやってみればさらに味わい深くなるタイトルだと思います。
田中 タイトルで言えば、タイトルロゴも色々なフォントが組み合わさっていて、ギリギリのバランス感が面白いと思いました。
─タイトル繋がりで聞きたいんですけど、英語版タイトルは「The Last Guardian」ですよね。この「The Last Guardian」は、結局誰のことを指しているんですか?
田中 これ、僕も知らないので気になりますね。誰なんですか?
─田中さんも知らなかったんですね。Twitterでのファンからの質問でも「谷の守護者」のことなんじゃないか、とか「少年」なんじゃないかとか、いやいや「トリコ」なんじゃないか、などなどいろいろな憶測が飛び交ってるようですけど。
上田
『人喰いの大鷲トリコ』と決めた同タイミングに英語版のタイトルも決まったんだけど、実はこの「The Last Guardian」は僕が提案したわけではなくて、SIEAが提案してきたタイトルなんだよね。
本当は、海外タイトルにも”TRICO”という言葉を入れたかったんだけど、どう発音がされるのかが定まらないのと、そもそもの意味が伝わりにくいという理由で通らなかった。
※SIEA : Sony Interactive Entertainment America LLC
─あ、 上田さん自身の発案ではなかったんですね。
上田 この提案を受けたとき、正直トリコのエンディングをどうするか迷っていた時期でもあったから、ちょうど如何様にでも受け取れるタイトルで、こちらとしても都合が良かった、っていうのもあるんだけどね。とはいえ、エンディングを決定した後でも違和感のないタイトルだとは思うけど。
─そんな理由もあったんですね。ゲームの内容にピッタリな英語タイトルだけに、SIEAからの提案だったというのは驚きでした。”Last”というところが謎めいているというか、想像力を掻き立てますよね。
上田 というわけで、”The Last Guardian”は少年かも知れないし、少年を守るトリコかもしれない。もしくは谷のことかもしれない。プレイヤーの皆さんそれぞれの解釈でいいと思うけど。
-なるほど、もしかしたらプレイヤー自身が”The Last Guardian”なのかもしれないですね(笑)
上田 ちなみに「ワンダと巨像」の海外タイトルの「Shadow of the Colossus」も同じくSIEAからの提案を受けたものなんだよね。
─それも驚きですね。そちらもいろいろな解釈ができる、”含み”のあるタイトルだったので、てっきり日本のタイトルに比べて婉曲な、というか含みを持たせる戦略なのかと思ってました。
―最初の質問からびっくりさせられましたが、次はタイトルから離れて、数が多かった質問をしてみたいんですけど、『人喰いの大鷲トリコ』の「トリコ」の性別ですね。
……「トリコ」の性別って当初から設定ってしてました?
上田 うーん……今作はボーイミーツガールにはしないってことを決めてからは、「トリコ」の性別は制作中のそのときどきで自分の中のイメージが変わっていったんだよね。最初からどちらかに決めてた訳ではなくって。
―特に性別を決めてから制作してた訳ではないんですね。実際に作る時は性別が決まってた方が動きをイメージしやすい、とかありそうですけど。
上田 性別の違いで、動物の基本的な動きに違いってあるのかな?
田中 うーん、想像できませんね。
―あ、そういうものですか(笑)。
上田 作り手側からするとどちらかに限定するメリットが薄い。性別を限定してゲームプレイ構築のアイデアの幅を狭めたくないというのが一番の理由。プレイした人への受け取られ方を狭めたくなかった。それから、バーチャルキャラクター、生き物としての魅力や実在感を感じてほしいという思いもあったかな。
―なるほど、決めてしまうことで可能性を限定したくないと。
上田 性別を限定しないことで、力強い父親のようにも、やさしい母親にようにも、可愛い女の子のようにも、無邪気な男の子のようにも感じさせることができるメリットのほうが大きい。
田中 僕も「トリコ」の性別については意識していなかったですね。もし、限定されていたら、どこか人間の男女をイメージした動きにひっぱられていたかもしれないです。そういった擬人化表現は極力排除していましたし、動物特有の神秘性は大事にしたかった。
―一応、最終的にオスメスどっちというのはアイデア出しのときになんとなく決めた記憶があります。他のスタッフにも伝えていないような雑談レベルだけど。 とはいえ、性別云々というよりも、”「トリコ」らしさ”のほうが重要って事ですかね。
上田 そうだね、逆に知りたいんだけど、限定するメリットってあるかな?
―うーん、そうですね……たしかに性別を限定するメリットはないような気がします。プレイヤーからすると、疑問を解消しておきたいっていうのはあるとは思いますけど。では、「トリコ」の性別は不明ってことですかね(笑)
―……あと、これも多かった質問なんですが、『人喰いの大鷲トリコ』の主人公の少年の名前についてですね。これもちゃんと設定で決めましたよね。台本にも書いてあったと思うし。ただ、字幕にはなってないんですが……
上田 ホントは、主人公の少年はプレイヤーとイコールの存在として、名前を出す必要のないゲーム、という方向で進めてたんだけどね。コンテ作成段階になって、「トリコ」に連れ去られそうな少年や、「トリコ」から吐き出された少年を村人たちが見て、「近しい関係の少年なら名前を声に出して呼ばないのは不自然じゃないか? 」ということで急遽名前を決める必要が出てきた。
―確かに、話の流れからすると、普通なら名前を呼ぶだろうってシーンは多々ありますよね。
上田 うん、名前を呼ばないと村人と少年の関係性が不自然になるし、話の連続性が伝わりづらい。そこが伝わらないと 、最後村に戻ってきた時に、”違った村に行った”とか、”レイヤーが違う世界”とか、”竜宮城から戻った浦島太郎みたいに、大幅に時間が経ってて世代交代した”、みたいな深読みをされるんじゃないかと……
―ただ、ここでその名前をあえて発表したくはない、ってことですか?
上田 いや、べつにそういうわけではないんだけど(笑)
田中 実際にセリフとして発音はされてるので、そのあたりに注意しながらもう一度プレイしてみるのも楽しいんじゃないでしょうか(笑)
「必要最低限の字幕だけ残して、他はごっそりカットした。」
―なんかネタバレ上等と言っておきながら曖昧な答えが多いような気がしますが……これは『人喰いの大鷲トリコ』の物語のありかたそのものを表してるような気がしますね。設定としてはすごく細かいところも決めてるんだけど、それを全部は見せないというか…
田中 同じように台本にはあるんだけど字幕になってないセリフって他にもいくつかありましたよね。塔の天板にたどり着いた時の「ここからなら、とどくかも……」という少年のセリフとか。
―そもそも最後の調整でセリフ自体をごそっと削ったんですよね。ヒントのセリフも含めて、無くても意味が通じるところはどんどん削った。 それでも『人喰いの大鷲トリコ』は、『ICO』や『ワンダと巨像』に比べてセリフの量が多くて、ジェン・デザインのチーム内から説明過剰じゃないかって意見もありましたよね。
上田
説明の過不足については「制作中にだんだん迷って、わからなくなった」というのが正直なところなんだけど……長期間作っていると、どうしてもそういうところが麻痺してきちゃうよね。
なので、終盤でいったん初心に立ち返って、あえて何を喋っているかプレイヤーに推測してもらおうってことにした。ボイスを聞いてもらえばなんとなく伝わるようなシンプルな字幕は、わざわざ表示してもクドいかなーという心配もあったし。
―もともと今の倍くらいのセリフ量がありましたよね。それでも『人喰いの大鷲トリコ』は、他のゲームに比べてセリフ量は圧倒的に少なかったですけど。
上田 ヒントの量なんかもテストプレイの様子を見て調整していくんだけれども、どれくらいが適量なのかを掴むのは非常に難しかったね。
―ホント難しかったですよ。サクサク進まれるとそれはそれで簡単すぎるんじゃないかと心配になるし。でも、『ICO』や『ワンダと巨像』のセリフやヒントは、もっともっと少なかったですよね?
上田 これまで『ICO』や『ワンダと巨像』では、可能な限り”含み”を持たせるために、あえて説明をしないことに努めてきたわけだけど、キャラクタービジュアルの表現力も上がり、説明しないことに対して逆に不自然さを感じることが増えてきて。
―確かにそうですよね。今までは想像で補わなければいけなかった部分が、はっきり明示されるようになってますし。
上田 本来は自然さを演出するためにキャラクターが言葉を発しなかったはずなのに、現代においてはむしろ逆効果になる場合もあるんだよね。たとえば、喋らせないようにするために、ジェスチャーゲームみたいな動きのキャラクターなってしまうとか。
―画面の抽象度と情報の抽象度を合わせる、ってことですかね?
上田 そうだね。また、登場キャラクターが喋らないことだけが”ナラティブ”では無いだろうと。
―”ナラティブデザイナー”とうポジションで言うのもなんですけど、ナラティブの定義って曖昧ですよね。いまいちよくわかってなかったり……
上田 実は自分も明確な意味はわかってないんだけど、"お客様に提供する食事"に喩えると、提供する料理の味を高めることがシナリオで、 お客さんの空腹感を高める、というか、煽ることがナラティブ、みたいな対比イメージかなー。
―難しいですね(笑)。ゲームは、映画ほど情報を一方的にコントロールすることができないですからね。
上田 そうだね。”料理の味”だけで勝負しても、作り手が隅から隅まで徹底的にコントロールできる映画にはかないっこないんじゃないかと。
―であれば、別の部分に力を注ぐ、という感じでしょうか?
上田
お店で提供される味付け調整の完璧な料理も、自分たちでたき火して調理した焼いもも同じ「美味しい」だよね。
必ずしも最高級の料理がその人の人生においてもっとも美味しかった料理とは限らないのと同じで、食べた時の状況が人の感じる「美味しさ」にも大きく影響する。
料理の味単体では適わないかもしれないけれど、その人だけの「美味しかった」という主観的記憶であれば太刀打ちできるんではないかなーと。
─お腹が減らしたり、食べるまでに手間をかけたりしたからこそ食事が美味しく感じる。
「美味しさ」を引き立てる状況演出がゲームの強み、ナラティブってことですね。